第十話

長かった午前中の授業も全て終えた昼休み。特に用もなく絡んでくる女生徒達を適当にあしらい、職員室を抜け出した。
中庭にあるベンチに腰掛け煙草を咥える。ここはあまり人が通らない俺の喫煙スポットだ。

「なーに煙草なんか吸ってんだよセンセー。こんなとこで」

振り返らなくても分かる。この声は彼のものだ。

「高耶さん」
「よっこいしょ」

すぐ横に彼が座る。春といっても今日は少し気温が低いのに、高耶さんはセーターを着ただけだ。
ちょっと考えた末、そっと手の平で彼の右手を包み込む 。

「?」
「寒くないですか?」
「そんなに」

高耶さんは特に嫌がらず少し距離を詰めてきた。思わず体に力が入る。

「でもちょっと風が冷てぇかも」

家でしか見ない彼の甘えた仕草に思わずここが学校であることを忘れる。見上げてくる切れ長の瞳に目を離すことができない。

「なぁ、今日泊まってもいい?」

…これは理性を試されているんだろうか。
どうぞ食べてくださいってことか?

自然、彼のぽってりとしたセクシーな唇に目が引き寄せられる。

「あっ高耶いたー」
「おいおい何んなとこでイチャついてんだよお二人さん」

何とも言えないタイミングに心の中でガックリ頭を下げる。高耶さんは友達二人に探されていたらしく、俺から体を離して腰を上げた。

「先生煙草吸ってる」
「オラ、おめーのプリント出しに行くんだろ」
「悪ぃ悪ぃ。じゃーな直江センセ!」

プリントを受け取った彼はこっちを振り返り、ニッと子供のように笑った。

そうして仲良しトリオは校舎の中へ入って行き、一人ベンチに残される。少し左側が寒いのは気のせいにしとこう。

そういえば泊まっていいかという質問に返事は出来なかったが大丈夫だろう。今まで断ったことなんてないのだから。
煙草を深く吸い込む。目の前で煙がぷかぷかと浮かんでは空に滲んで消えた。
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